我々の世代が小学生の頃の夢は何といっても、プロ野球選手になることだった。いつも応援しているチームの帽子を被り、学校から帰ると、宿題もそっちのけでバットとグローブを持って空き地に集まり、草野球をしたものだった。
当然ながら、大半の少年と同じようにプロ野球選手の夢は破れたが野球を見るのは好きだ。贔屓球団がパリーグだったので中継も少なく、自然と球場に足を運ぶようになった。何よりも好きなのが春先のデーゲーム。この頃は順位がどうこういう時期ではないので応援するにも熱が入るし、球場で飲むビールが最高にうまい。日の高いうちから屋外で飲むビールは格別のものがある。応援しているチームが勝っているとビールも進む。そして負けていると飲むしかすることがなくなる。まぁ、どちらにせよ青空の下、球場で飲むビールはうまいものである。
本拠地がドーム球場に移ってからはあまり行かなくなった。快適なのはいいんだけれど空が見えないところで野球を見るのは何か不自然だ。真夏でもデーゲームが出来るぐらい、空調は完備されている。でも何か違う。
それに日本のプロ野球がだんだんとつまらなく感じるようになった。スター選手が次々とメジャーリーグを目指すし、金に物を言わせて選手をかき集めてくる一部球団にそれに寄生しているかのような、営業努力をしない他球団。
もうすぐ日本のプロ野球は終わるんじゃないかと思っていたら、応援しているチームの方が終わってしまった。合併には今だに納得がいかない。何のメリットがあったのかよくわからない。いくら"Bufferloes"の名前を残したところで長年のファンの心は動くものじゃない。最終戦の外野席にあった、"会社は合併してもファンの心は合併できない"という横断幕が印象に残る。
仰木監督時代のライオンズとの死闘は今でもよく覚えている。野茂をはじめ、近鉄投手陣と清原、秋山、デストラーデのクリーンアップの対決は見ごたえがあった。というか、よく打たれた。でも取られたら取り返すのが猛牛打線だった。派手なゲームはビールを一層おいしくしてくれる。今よりも野球自体はおもしろかったと思う。
いろいろな思い出のあった藤井寺球場も2005年1月で閉鎖され、今では取り壊されるのを待つのみとなった。
私にとってはビールがおいしく飲める場所が一つ減ったことになるが、近鉄バファローズと藤井寺球場の終わりは日本プロ野球にとっての終わりの始まりではないだろうか。
ScotlandからはScotlandプレミアリーグのチームから日本人選手の入団が発表された。私にFootballを見ろとの酒神のお告げかもしれない。
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