一酒一会

The Glen of Miyagi

バスはようやくニッカ橋のバス停に着いた。降りるのは私一人だけだ。仙台駅から1時間以上かかってしまった。辺りはまだ、50cmぐらい雪が積もっている。仙台市街地とは気候が全く違うようだ。でもここは仙台市青葉区なのだ。JR仙台駅西側の一番の繁華街も青葉区・・・同じ区にするのはちょっと無理があるのでは。

仙台宮城峡蒸留所は今年で創業35年を迎える。広瀬川と新川川の合流地点に建つ蒸留所はどことなくSpeysideの雰囲気を持つ。緑の中にある蒸留所というイメージを持っていただけに一面の雪景色はちょっと意外に感じてしまう。

"この季節に緑を求めるほうがどうにかしているぞ"

とゲートの上の"The King of Blender"に語りかけられているようでちょっとおかしい。まぁ、この時期ならばScotlandも雪景色だろう。

見学を終え、Bar(有料試飲コーナー)で原酒を楽しむ。余市と同じく、無色のニューポットから5年ごとの原酒がある。まずは10年の原酒から味わおう。正直なところ、宮城のモルトは飲んだことがない。来る前に1度は飲もうと思ったのだけれどBarにも酒屋にもない。なおさらこの1杯目が楽しみだ。余市よりも抑えられたフレーバーが香る。

"うっ、こいつはまずい"

最初にウィスキーを口に入れた瞬間、私はそう思った。アルコール度数を感じさせないなめらかさ、その中にニッカのフレーバーがしっかりとあって、かすかに甘みが残る長い余韻。

"こいつはまずいぞ。いったい何杯飲んで帰るんだろう。そして何本買って帰るんだろう。"

しかし、この件に関しては考えるだけ時間の無駄だということは最近ようやく気付いてきた。そしてその後の結果もいつも同じだ。

竹鶴政孝氏は余市と全くタイプの違うウィスキーを作るために仙台を作ったという。ではどんなイメージを描いていたのだろうか。いろいろな資料を見る限り、余市はハイランドタイプで仙台はローランドタイプとなっている。でも私は宮城峡にSpeysideを感じる。2001年に訪れたRothesにあるSpeyburn蒸留所を思い出した。Speyburn蒸留所はRothesの町外れの緑に覆われた谷に建つ。Elgin行のバスから見る光景はとても美しい。氏は1度目のScotland滞在時、Rothesにも滞在している。その時に既にあった4蒸留所にに興味がないはずがない。必ず目にしているはずだ。

仙台でモルトを飲みながら、竹鶴氏は宮城峡にウィスキーの谷(glen)を見たに違いないと思った。それにこのあたりは以前から"にっかわ"と呼ばれる地域で、ニッカが蒸留所を作ることが運命づけられていたような所だ。これもBacchusのお導きなのか。

工藤さんとの2ショット。いろいろとりがとうございました。 このBarに竹鶴政孝氏と共に蒸留所開設を行った工藤氏がいる。今はもう引退されて土日だけこちらのBarに来ておられるとのこと。竹鶴氏にまつわるお話をいろいろと聞かせていただいた。

そんな話を聞きながら仙台のモルトを飲むのだからもう、止まらない。2日間で合計約3時間、このBarに居座り、飲んだウィスキーが10年原酒を1杯、15年原酒を3杯、20年原酒を3杯、12年グレーン原酒、ブレンデッド51度樽出し原酒、そして最後に竹鶴35年を1杯強。我ながらよく飲んだものだ。そして購入した原酒は\50,000を超えてしまった。これにも我ながら呆れてしまった。

酔っぱらいには作並駅までの登りの道は大変だったことはいうまでもない。あやうく列車に乗り遅れ、飛行機に間に合わなくなるところだった。いくらおいしいとはいえ、飲酒はほどほどにしようといつも思うのだが・・・。

ちなみに今回お世話になった工藤氏は、PHP出版刊「琥珀色の夢を見る」の中でよく出てくる、「おい、工藤!」と竹鶴氏に呼ばれる工藤光家氏その人である。

Slainte!

( Mar 2005 )

HomeTop