バスを降りる頃には朝からの雨はほとんど上がり、時折太陽も顔を見せる。しかし強烈な風はそのままだ。灰色の雲の向こうには青空と白い雲が少しだけ見えるが、風の中には雨粒も混じる。
余市川の向こうにはうっすらと雪景色をした積丹半島の山々が見える。
"まるでScotlandだ。険しい山はScotlandにはなかったけれども。"
余市の酒神は私を歓迎してくれているようだ。ウィスキーを飲むにはぴったりの日ではないか。
蒸留所見学を終え、Barで余市モルト原酒を味わう。ここでは蒸留所で販売している原酒のすべてが試飲(有料)できる。ニューポットから5年間隔で25年までのシングルカスクの原酒と12年で風味の違う4種の原酒がある。一般製品と違い、原酒は個性がはっきりとしているのでモルトの性格がわかりやすい。いくつかのモルトを飲んでいると、竹鶴政孝氏が余市にこだわった理由がわかった気がする。
モルトの長い余韻を楽しみながら、ふと竹鶴政孝氏が作りたかったウィスキーはCampbeltownのようなモルトではないのかなと思った。
口当たりはスムースながらもしっかりとしたピートフレーバー。そしてかすかに感じる海の風味。原酒を何種類か飲むうちにはっきりとしてきた。特に12年の4種のうち、"Peaty & Salty"というモルトは余市のその特徴を際立たせたものだと思う。ゆっくりとやって来るピートの味わい(以前は石狩平野のとある場所で採れるピートを使用していたとのこと)と強烈に塩辛いフィニッシュ。ちょっと強調しすぎの感もあるが一般製品の余市モルトにも共通する部分はある。
現在よりピートフレーバーが強かったといわれる1900年代初頭のScotch。Campbeltownも例外ではなかっただろう。
Campbeltownは1920年に竹鶴氏が修行をしていた町だから当然Campbeltown Maltを飲んだだろうし、氏の記憶に"Peaty & Salty"が刻み込まれただろう。そして町に対する特別な想いがあって当然だと思う。
1925年に再度Campbeltownを訪れ、その実情を目にした氏の胸中はどうだったのだろうか。主要な蒸留所は1925年までにほとんど閉鎖され、Hazelburn蒸留所も竹鶴氏が訪れた直後に閉鎖されている。
1934年に余市蒸留所を創設した竹鶴氏が、余市にその味を残そうという想いを持っても不思議ではない。
古い建物もどちらかといえばCampbeltownの町にあるような雰囲気でモルトキルンにはScotch蒸留所によく見られるパゴダ屋根はない。他の地域ではその当時、パゴダ屋根を持ったモルトキルンが多かったことを考えると、余市はCampbeltownの蒸留所をイメージしたのかも、いや、復活させたかったのかも知れない。
もっともこれは何の根拠もない単なる酔っぱらいの想像に過ぎないし、今となっては確かめる術もない。余市の大地は知っているだろうが、問いかけても風の音が返ってくるだけだ。
なお、私が訪れた2週間後の12月10日、余市蒸留所の建物は国の登録有形文化財に指定された。日本の歴史にWhiskyを刻み込んだ竹鶴政孝氏の偉大なる功績に感謝し、今日も"生命の水"をいただくとしよう。
Slainte!

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